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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)4666号 判決

原告 加茂義三郎

被告 滝川佐太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し布施市足代二丁目二七番地の二宅地三一坪一合一勺地上にある、木造トタン葺片オロシ自転車預り場一棟建坪約三〇坪を収去して右土地を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として「布施市足代二丁目二七番地の二宅地三一坪一合一勺(以下本件土地という)は原告の所有である。

しかるに被告は何らの権原なく被告が右土地に接して建設した自己の経営する映画館パール座の用に供するため本件地上に木造トタン葺片オロシ自転車預り場一棟建坪約三〇坪(以下本件建物という)を建設し、本件土地をその敷地兼映画館用通路として占有使用している。よつて原告は所有権に基き、被告に対し本件土地上より本件建物を収去して右土地を明渡すよう請求する。」と述べ、被告の抗弁に対し「原告は昭和二六年一〇月上旬被告に対し本件土地を売渡し、被告から金一〇萬円を受領した。」と答弁し、再抗弁として

「しかし右売渡は被告において本件土地の西側土地上に建設する映画館の竣工検査完了後本件土地を一般人の通路にすることを停止条件としてなされたものであるところ、被告は昭和二九年三月三一日付書面を以て右の通路としない旨を通知してきたものであるから、同日右停止条件は不成就が確定し右売渡は無効となつた。」と述べ、仮定的に「仮りに右売渡が停止条件付のものでないとしても、原告は本件土地を被告において一般人の通路とすることを売渡の重要な内容としたものであり、被告主張のように非常用通路とするとの約であれば原告は売渡をしなかつたものであるから右契約は要素に錯誤があり無効である。仮りに右売渡が無効でないとしても、右売渡に際しては被告において本件土地を一般人の通路として使用させることを約したものであるところ被告は右の約を履行しない。そこで原告は被告に対しその履行を催告したがなお履行しないので、原告は本訴において債務不履行を理由に右売渡契約を解除する。」と再抗弁し、立証として、甲第一号証甲第二号証の一及び二を提出し、証人内山亀之助、同太西政三、同渋川良次、同加藤光五郎、同加藤庄三郎の尋問を求め、検証の結果を援用した。

二、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として「被告が本件地上に本件建物を建設し、本件土地をその敷地兼映画館用通路として占有使用している事実を認める。」と述べ、抗弁として「本件土地はもと原告の所有であつたところ被告において原告より坪当り金三千円の割合で買受け代金の支払を了し引渡を受けたもので被告の所有である。」と述べ、原告の再抗弁に対し「原告の再抗弁事実を否認する。本件土地の買受に際して被告は原告に対し、近隣の借家居住者が非常の場合に本件土地を非常用通路として使用することを認める旨約したが、被告は非常用切戸を設備し右の約を履行した。」仮定的再抗弁に対し「原告の仮定的再抗弁事実を否認する。」と答弁し、

立証として、証人坂谷栄松、同江上豊次、被告本人の尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、本件土地がもと原告の所有であつたところ被告に売渡され、被告がこれを、右土地に接して被告建設にかゝる自己経営映画館パール座の用に供するため、右土地上に建設した本件建物敷地兼映画館用通路として占有使用していることは、当事者間に争いがない。

二、よつて原告の再抗弁及び仮定的再抗弁について以下順次判断する。

1  検証の結果と証人大西政三、同加藤光五郎、同加茂庄三郎の証言に被告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を綜合すると、原告被告間における本件土地の売買は、訴外加茂庄三郎が仲介したものであるが、被告は本件土地の西側に映画館を建設するにつき法規上非常用通路を設ける必要から、原告所有の本件土地の買受を希望し、右訴外人を通じ交渉したところ原告は本件土地の西側に映画館が建設された暁にはその所有にかゝる本件土地の東側の土地及び右映画館建設地の北側にある土地の発展すること等を考慮し、本件土地は映画館の非常用通路としてのみならず、近隣居住者を含む一般人が自由に通行できる通路としても使用できることにしてもらえれば、本件土地を被告に売渡してもよい旨申入れたので、被告もこれを承知し、結局本件土地の売買にあたつては本件土地を一般人の通路としても使用させることゝするとの特約が原告、被告間になされたことが認められる。

被告本人尋問の結果中右認定に反する部分はこれを証人大西政三、同加茂庄三郎の証言に照らして措信できない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  ところで原告は本件土地の売買契約は本件土地を一般人の通路にすることを停止条件としてなされたものと主張するが原告被告間における本件土地を一般人の通路としても使用させることゝするとの特約が映画館の竣工検査完了後に使用させることゝするとの趣旨であつたことは原告の自陳するところであり、右売買契約成立後間もなく代金の授受及び本件土地引渡がなされたことを証人加茂証言と被告本人尋問の結果により認めることができ他に右認定に反する証拠はないから、右特約は本件土地売買契約と相互に関連してなされたものではあるが土地売買契約に停止条件を附する旨の特約と解することはできず、むしろ売買契約と同時にこれに附随してなされた売買契約目的物の利用方法に関する特約と解するのが相当である。それ故原告の右主張は採用できない。

3  次に原告は、本件土地の売渡には要素の錯誤があつたから無効であると主張する。

しかしながら本件売買契約にあたつては、前認定のように、原告被告間に本件土地を一般人の通路としても使用させるとの特約がなされたのであるから、被告が後にいたり右特約を履行しないことは格別として原告被告間の本件売買契約原告要素の錯誤があつたとはいえない。原告の右主張も採用できない。

4  そこで原告の売買契約解除の主張につき考えるに、本件土地の売買に際して本件土地を一般人の通路として使用させる旨の特約は前認定のように、本件土地の売買契約に附随してなされたものであるが、前認定のところによるとその附随の程度はかなり密接であつたのであるから、右特約の不履行は本件土地の売買契約そのものに影響し、右特約を含む本件土地の売買契約全体につき解除の理由となるものと解すべきところ、検証の結果と証人大西政三、同加藤光五郎、同加茂庄三郎、同坂谷栄松、同江上豊次の各証言に被告本人尋問の結果(前記措信しない部分を除く)を綜合すると、被告は映画館パール座の竣工後本件土地を右映画館の構内とし、板塀をもつて外部と遮断し、本件土地上に本件建物を建設して映画観客用の自転車置場をかねて同館の非常用通路として使用しており、本件土地を一般人の通路として使用させるようにしてもらいたいとの原告の要求に応ぜず、昭和二八年一二月頃の訴外大西政三を通じてした催告交渉にも一年程待つてくれ、原告の要求どおりにする等と言葉をにごし、結局これを履行しないまゝ、その後は本訴において本件土地は映画館の非常用通路と、一般人の非常用通路として使用を認めるとの約定であつたと主張するにいたり、当初の特約を履行する意思もないことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、被告の不履行に対する原告の催告から相当期間を徒過することによつて原告は本件特約を含む本件土地売買契約につき解除権を取得したものといわなければならない。

5  しかし前掲検証の結果と、証人内山亀之助、同大西政三、同渋川良次、同加藤光五郎、同加茂庄三郎、同坂谷栄松、同江上豊次の各証言に被告本人尋問の結果(前記措信しない部分を除く)を綜合すると、被告は、本件土地の買受に当つては、当時の時価相当の代価を原告に支払つており、本件土地をめぐる塀にも切戸をもうけ、非常用通路として一般人に使用させる用意もしてあり(もつともそれが果して当初よりそのものとして設けられたものか、映画館の非常口として設けられた結果、一般人にも使用できることゝなるのかは明らかでない)、しかもその切戸は近隣の借家居住者から苦情がでて閉鎖された事情もうかがわれ、本件土地近傍には相当広い巾員の公道もあつて、本件土地をも一般人の通路にしなければならない特段の必要も認められず、(一段と便利になることは確かではあるが)、しかも本件土地はその南に接着するもと渋川良次所有の土地をも利用しなければ一般人の通路とするには充分でないこと、映画館パール座は完全に竣工をみて盛業中であり、本件土地を失うことは右映画館経営に重大なる支障を生ずるし、本件土地を一般人の通路とすることもまた甚だ好ましいことではないと推察され、本件土地が一般人の通路となることによつて原告の受ける利益の確保は、本件売買契約解除の方法によらなくてもこれをつぐなうことができるものと認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない右事実と前認定の事実とを基礎に考えると本件被告の債務不履行に対し原告が、これを不当とすることはまことに無理もなく、被告の不履行については特に宥恕すべきものも認められないが、すでに今日、原告被告間の本件土地売買契約そのものを解除し、これを契約当時の現状に復せしめることは社会経済上も、双方の利益考量の上からも妥当とはいい難い本件のような場合には、原告の解除権の行使は権利の濫用として容認するをえないものというべく、従つて本件売買契約解除の意思表示はその効がないから本件売買契約はなお解除せられず、従つてまた、本件土地の所有権は被告の有するところといわざるをえない。

三、よつて本件土地所有権が原告にあるとの根拠により、本件土地から本件建物を収去し、これの明渡を被告に対し求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 北浦憲二)

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